おはようございます。太田雄一です。第303回・新生日本編13「広島事務所のできた経緯」
新生日本編13「広島事務所のできた経緯」
日本国内に研修センターを作り、海外の技術者を技術的にも精神的にも確実に教育しようとの計画は、はじめから頓挫したのです。
広島は原爆の被災地です。近くには世界第2位の海軍基地「呉」があります。


日本には大きな軍港が北から「大湊」「横須賀」「呉」「舞鶴」「佐世保」がありますが「呉」は「横須賀」に次いで大きな軍港です。
原爆を落とされ敗戦した日本の復興のあかしとして海外の人たちに日本の海軍力を見せたかったのです。
また、広島県には私たちの母校である旧海軍兵学校(海上自衛隊幹部候補生学校)が江田島にあります。

そこは戦前と同じ教育をしているところで日本人のルーツのようなところです。これらが広島県には存在しています。
広島事務所はこうした考えのもと開設されたのです。
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実際には計画倒れには終わりましたが、慧一の事務所兼工場として十分に活躍してくれたのではないかと思います。その事務所が戻ってきたのです。


