おはようございます。太田雄一です。第244回・再始動編37「人間万事塞翁が馬」

再始動編37「人間万事塞翁が馬」

電気温水器の仕事は思った以上にうまくいきました。私達に少しの余裕と安定を与えてくれたのです。

このビジネスはアイデアが95%以上のビジネスであり、まねをする者もすぐに出てくるだろうし、あまり長続きしないのではないかと思いました。実際には長く続くこととなり、売上もコンスタントに右上がりでしたが。(結果から見ればマーケットも小さく大手が参入するようなビジネスサイズでは無かったからでしょう。)

しかし、私たちはこの資金を利用して将来的にも盤石な事業を創造しなければならないと真剣に考えていたのです。

どの様な仕事を創造しようかと頭をひねっていた昭和64年1月の初旬、塩野義製薬からの一本の電話がかかってきたのです。

昭和64年1月、塩野義製薬からの一本の電話がかかってきた。(1989年)

当時、私たちは起業してからまだ間がなく、電気温水器の仕事をちょぼちょぼとやっている時代でした。仲間は原則「町の電気屋さん」で関東を中心に7〜8店舗ある程度で日本全域にメンテナンスネットワークがあるなどと言えるような状態ではありませんでした。

そんな全国規模のメンテナンス会社は当時でも数社あり、こうした仕事が私たちに回ってくるなど全く考えられなかったのです。しかし、会社の実績はそれなりにあり、私達も若く、情熱熱意にあふれていたのです。

そして、彼ら同業者と全く違ったのは私たちは自立していることでした。当時、月の売上も2000万円ほどとなり、いろいろな会社や人に支えられその売上も着実に上がっていきました。

このビジネスは私たちの頭の中で出来上がったビジネスであり、たとえ競争相手が出てきても数年は計算できるビジネスでもありました。

人生は「人間万事塞翁が馬」です。会社も同じです。