おはようございます。太田雄一です。第64回
「日本での問題の始まり」
とんでもない問題とは、イギリスの検査会社にこの状況を説明し感謝の言葉を伝えたところ、まだ許可証を発行していないとの事でした。
私たちは驚いてその仲介をしていたコンサルタント企業に問い合わせたところ、担当者が飛んできて突然土下座されたのです。テストはしっかり行っていたため試験データには問題がありません。
書類上の問題ではないかと思い書類を見たら、至るところに不備があるのです。設計図、回路図、部品表等々です。コンサルタント会社にはコンサルタント費として3回に分けて払うようになっていました。着手金、中間金、最終金です。最初の2回は払っていたのですが最終金の支払いはこの件で急遽止めました。
その後担当者と連絡が取れなくなり、最終金を払えと矢のような催促が入りました。こちらとしてはそれどころでなくノルウェーのオスロに向かっている12台の許可の問題をオスロに到着する40日後までに処理しなければなりません。その為その処理を最優先させました。
最終的には私たちがこの処理を全て行ない、何とか緊急で臨時の許可を取り、間に合わせました。そうこうしているうちにそのコンサルタント会社から訴状が届き、すぐに最終金を支払えとのことでした。
結果としては裁判は私たちの言い分が全て通り、着手金、中間金全てを返してもらいました。裁判には勝ったのですが、その後正規の許可証を得るまで約1年かかりました。
この1年間は全く輸出できず全く仕事になりませんでした。
いくらお金が戻ってきたからと言っても裁判には約2年かかっています。毎月日本に帰ってきて裁判にでなくてはなりません。
それよりまとめて海外に出荷できないというジレンマを抱え、大変な営業妨害を受けたのだと思います。まだこの時は単なる事故だとの認識でした。
しかし、この後休みなく続く裁判に何か裏があるのではないかと思うのは私だけではないと思います。